Archive for the ‘本の愉しみ’ Category

横溝正史と江戸川乱歩。この二人の対決は金田一耕助対 VS.明智小五郎とも言える。二人とも戦前戦後にわたってライバルであった。

金田一は雀の巣みたいな頭にお釜帽、褪せたセルの袴に下駄履きといっただらしない出で立ちで、推理に集中すると頭をグシャグシ

ャかき回す。……方や明智は最初はダサイ書生スタイルであったが洋行してからS・ホームズの影響かスーツ姿の紳士になった。

サヴィルローで作ったのか?探偵を比較するのも楽しいがやはり両者とも日本生まれであるから西欧的合理主義と帰納的かつ演繹的

推理は泰西の探偵に比べれば甘い気がしますね。だって状況証拠じゃ裁判に勝てないもの…。そして怪人二十面相はリュパンのイメ

ージそのもだし、少年探偵団はベイカーストリート・イレギュラーズからのいただきだ。まあ文句はこれくらいにして乱歩の面白さ

は発想・アイディアの斬新さである。思いつくままに「人間椅子」暗闇で厭な感触のものに触れたような不快感と何か生理的にザワ

ザワさせますね。「屋根裏の散歩者」覗きの世界と快楽。「火星の運河」深閑とした暗い森の奥に黒く重い池、その真ん中の島にい

る私。体を切りさむ運河のような傷口から鮮血の赤。この妖しき耽美的自虐美。「虫」ウェーッ!」「芋虫」陰残、最近の映画の予

告編を見ただけでげんなり、何か制作意図がポルノでたぶんに反戦なんてクサいものを持ち込んだんだろう。見ていないので偉そう

には言えないが映画の金を払うのは俺だぜ。……「鏡地獄」いまならCG、3Dでもっと凄い。「押し絵と旅する男」蜃気楼のような異

次元とフェティシズム。「パノラマ島奇談」今のテーマパークに乱歩が行ったとしたらこりゃパノラマ島以上だ?「防空壕」東京の

夜間空襲下、ネロ皇帝が見たような都市の炎上、その興奮と美。逃げ込んだ防空壕での出来事、奇妙な味の短編である。ああ切りが

ない…..乱歩の功績として海外ミステリーのアンソロジーが素晴らしい。「世界短編傑作集・1〜5」世界の珠玉の短編セレクトの眼、

さすが乱歩。ウォルポール「銀の仮面」なんてこれで知った。そしてミステリー歴代20傑(エラリー・クイーン編20傑もいいですね)

納得です。横溝正史となると「本陣殺人事件」「獄門島」「八墓村」「真珠朗」….その他短編も結構読んでみたのだが何か記憶に留

まらないのですね。やはり正史には生真面目さがあって乱歩のような奔放な飛躍がないのですね。でも日本の田舎の因習や人間の欲望

とおどろおどろ感、ネクロサディズムと極彩色の美、…..仮面に隠れた本当の顔は?….映像的ですね。

このあいだ「乱歩と正史」の講演会に行った。…..もうぼくは乱読の楽しみだけにしておこう。あの人たちの詳しさと豊富な資料、作

品の読み込みには所詮敵いっこないんだから。

横溝正史生誕地碑建立6周年記念イベントがあった。主宰は神戸探偵小説愛好曾、代表の野村恒彦氏、講師として名張市から探偵小説

研究家の中相作氏が「横溝正史と江戸川乱歩」について語った。まあ、その詳しい事!よくそんなことまで調べましたね!ぼくも自称

探偵推理小説なら少しはと身を乗り出すのだが、とてもとても…。

乱歩と正史、読んで字のごとく乱歩の作品は揺れが大きくて乱れている。方や正史は正当派探偵推理小説を目指していた。乱歩の方が

一回り年長で、お互いが友人でありライバルであり批判家であり戦前・戦後に亘り巨頭であった。乱歩はアイディアにすぐれ独特のエ

ロティシズム、サディズム、マゾヒズムと異端の美意識や不気味な味を狙った。それは大正から昭和初期にかけてのエログロナンセン

ス、モボモガの時代風潮、戦争の足音が近づく束の間の享楽の時であった。正史も時代の児である。ネクロサディズムや腐乱死体、屍

体愛好癖の犯人など残虐嗜虐趣味の作品が多い。両者とも屍体、義眼、奇形、異常人格など人間に潜む異様性を好んだ。正史は特に日

本の地方田舎にまつわる因習やおどろおどろした不気味さを背景に、日本的陰残さと美意識を根底とし独自の世界を創り上げた……。

また明智小五郎と金田一耕助、この二人の探偵もS・ホームズを始めとする欧米の合理的で怜悧な脳細胞探偵とは少し趣きが違う。それ

は背景としての文化の違いで、日本では密室なんて設定は難しいし、論理より情緒、普遍性より因習、乾より湿、洋服より和服、靴より

下駄の時代であったから「日本的あいまいさの文化」にスタイルを載せたのである。また欧米の推理小説自体がほとんど翻訳されていな

かったし、洋行なんてホンの一部の人しか出来なかった。しかし乱歩や正史は洋物を翻訳し読んでいたからこそ、日本風土にあわせた独

特の推理探偵小説世界に遊ぶ事ができたのだろう……。誰か戦前に於ける探偵文化論を書いていないだろうか?

写真の二銭銅貨煎餅は乱歩誕生の地名張のお土産である。講演の後みんなで横溝正史生誕地碑を見にいった。夕闇迫るなかメヴィウスの

輪からヌエのような怪鳥の叫び、サーカスのジンタの響きが聞こえた気がしたが、気のせいか、果たして……。

梅雨が開けた。太陽の季節である。太陽がいっぱい、こんなに暑いのも、やる気が起らないのも、すべては太陽のせいだ!

強烈なコントラストに目眩がしそうだ。別に山や海に行きたい訳ではなし、休暇を取りたいとも旅行に行きたいとも思わない。無感動

人間になってしまったのだろうか。…..子どもの頃は違った。夏休みを待ちかね日がな遊びに没頭した。一日が、、一週間が一ヶ月が、

恐ろしく短かった。そして生意気な高校生の頃だ。その時代の流行というのだろうか、ブームだったのだろう。

強烈に鮮烈にアルベール・カミュが「異邦人」で現れた。

「今朝ママンが死んだ。昨日かも知れない…」。不条理という言葉を知った。「ペスト」「シジフォスの神話」「太陽の讃歌」「反抗的

人間」等々、いま思い出すと恥ずかしいのだが、分かりもしないくせに分かったような顔をして浸りこんだ。…人にはそれぞれ運命があ

るにしても人間を越えた運命はない。…..人間は日々の主人は自分であると知っている。この行為の連続を凝視し、彼の運命は彼によっ

て創り出されるのだ。……頂上にむかう闘争、そのものが人間の心を満たすのだ。幸福なシジフォスを思い描かねばならない。

「すべてよし」と。…でも、人生は不条理だ!と言われても何が不条理か高校生の頭には理解できなかった。そして西欧人の抱く「神」

の概念、文化、絶対性。そんなものは日本人には根本として希薄だから理解が違うのだ。….久々に読み直してみようと思う。

…そしてルキノ・ヴィスコンティの映画「異邦人」1968が来た。マストロヤンニとアンナ・カリーナだった。また60年代にはアルジェ

独立を舞台とする映画の秀作があった。アルジェなんて古くはデュヴィヴィエ「望郷」のペペルモコくらいしか知らなかったけれど。

アルジェの戦い」監督:シロ・ポンテコルボ。徹底したドキュメンタリー手法で、目撃者の証言、記録、写真から、ニュース映画のた

だ一コマも使わず、実写以上のリアルさを再現した。

ロスト・コマンド/ 名誉と栄光のためでなく」監督:マーク・ロブソン 原作:ジャン・ラルテギー アンソニー・クイン/アラン・

ドロンほか、なんて映画も見た。フォーサイスの「ジャッカルの日」、ドゴール暗殺未遂に続いていく訳だ。

最近知り合ったユニークな方に著書を頂いた。「イギリス的風景」…教養の旅から感性の旅へ…中島俊郎:NTT出版。これが実に興味

をかき立てる。イギリス的風景とは人工的な幾何学形から非対称、矩り蛇行し、非整形の美である。これはイングリシュ・ガーデンと

して今も人気である。この美はどこから醸成されたものか。これは絵画と風景の合一であるピクチャレスクから始まった。また自然美

に、ただ綺麗であるだけではなく、そこには荘厳、崇高、雄大、優美といった従来と違った美を見つける感性誕生の物語でもある。

そして18世紀の英国貴族たちがヨーロッパ文明の源流と理想の地・アルカディアを求めてローマに旅するグランド・ツアーの話…。

歩くという行為から詩想を求め英国の牧歌的田園を行くペデストリアン、ワーズワス、コウルリッジ、キーツ、スティヴンソン…。

それはロマン派詩人たちに詠われ、廃墟の美学へと発展する。その点、日本人には彼らにはない美を早くから発見していた。水墨画に

よる蛾々たる山容や老松、名も無き一輪の花に見る「もののあはれ」、そして「侘び寂び」。12世紀には歌人西行、17世紀には俳人芭

蕉と、短い詩の中に鋭い感性とともに風景、人生、内面、哲学までを詠み込んだ優れた作品を残した。精神としての美である。

幕末・明治に来訪したイギリス人が日本に絵のようなピクチャレスクとアルカディアを見つけたのもうなずける。

もう日本人は歩かなくなったし、全国の国道沿いは醜悪さの博覧会である。

著者は「歩く」ということにこだわりを持ち、その研究も面白い。日本人はつい近代まで移動手段は歩くことだった。お伊勢参り、お

遍路、物見遊山、膝栗毛、股旅である。そういえば、数百万年ほど前アフリカに二足直立歩行する猿人が現れた。とんでもない好奇心

と雑食性を持ち、10万年ほど前にスエズを越え、世界中に散らばっていった。1万年程前には凍てついたベーリング海峡を渡り、ロッキ

ー山脈、パナマの狭隘部を歩き、アンデス山脈、最後に南端フェゴ島までたどり着いた。われわれのご先祖は歩く人だったのだ。

偉大な思想、発想、詩作、作曲は散策から生まれるという。ヴェートーヴェンの田園だね。…ぼくも明日から早朝歩きでもするか。

満開の桜である。昭和20年(1945)4月7日、戦艦大和は沈んだ。それは、戦争を知らない世代にとって語る資格はないのだろうか。

日本人には悲壮感を伴ってこそ自らを鼓舞する意識が強い。白虎隊、神風特別攻撃隊、吉田満著「戦艦大和」を現代の平家物語とさえ

例える評論家もある。全編文語体。文語にはリズムがあり暗唱にたえ、口語は黙読すると、山本夏彦は書くが、まさに文語の速度感で

一気に読ませる。文章は一気呵成、あまりにも雄々しく美々しい。しかし、置かれた状況として無理もないが、予備学生といえども士

官のからの視点である。ほとんどの死が下士官・兵であったことを思うとき、彼ら沈黙の声があることを考えてしまう。

あの時代「断じて行えば、鬼神もこれを退く、天佑は我にあり」の神がかった熱弁や、作戦は壮烈無比の突入…、光輝ある帝国海軍水

上部隊の伝統を高揚する…一億総特攻のさきがけという面子など、作文と気分が優先し、疑問を持ったまま菊水一号作戦は開始された。

結局は石油が枯渇し巨体を柱島にさらすより死に際に華を咲かせたい、という現実から遊離した観念である。また片道燃料で出撃との

説が広範に流府し悲劇性を増しているが実際は4000トンの往復分は積載した…。玉砕、散華、言葉は美しいが滅びの美学に陶酔してい

たのだろうか。たくさんの若者が死んでいった。大和が目指したその沖縄もいま基地問題で揺れている。

….あれから65年、いまだからこそ「愚」とか言える。私がその時代・立場であったなら何を感じ、また何を書き残せたであろう。

「戦艦大和と戦後」吉田満 保坂正康 編 筑摩書房:何度も改稿されたその決定稿といえる。

「戦艦大和の最後」坪井 平次 著 光人社:下士官・兵の立場から書かれた記録である。淡々と書かれ別の凄味すら感じられる。

映画「戦艦大和ノ最期」1953年、監督:阿部豊 応援監督:松林宗恵  昨年の今頃、松林宗恵さんのお話をうかがった。

彼も8月15日に逝った。「そう、皆死んでいったんだよ。彼らの言葉を代弁したいんだよねー」。その言葉が耳朶に残る。

あなたの血液型って何? やっぱり水瓶座だ! 2012年の惑星直列がサー。日常会話でこんな話多いですよね。ホラ話や遊びならいい

けれど本当に信じちゃって押し付けられるのはかなわないですよねー。これ食べると健康になる!ホザク猿面キャスター、あんたの運

勢!デカイ面のオバハンとか…。霊験あらたかな深層水?で顔を洗って出直せって気になりますよねー。マイナスイオンは何処へ行っ

ちゃたの? 常温核融合でエネルギー心配なしと言ったのは誰だ! 本屋で立ち読みしていたら「この手の新書」が多いですね。

ビジネス、健康、生き方、似非心理学・脳科学?ほとんどが眉唾モノですね。科学的と言えば言うほど非科学的なんだから、どうぞタ

レント稼業で儲けてちょうだい。その人たち自分で自分を信じているの? ….. 嗚呼! 努々御油断遊ばすな。

疑似科学、似非科学、ニセ科学、pseudoscience、ギリシャ語のψευδ(プセウデース)と、scienceの語源であるラテン語のscientia

(スキエンティア)の複合語である。ぼくはガチガチの科学信奉者じゃないけれど「科学は間違いをおかすが間違いを正すのも科学で

ある」。地動説も大陸移動説も最初はトンデモ説だったが、科学がそれを解明し定説となった。この気持ちを大切にしたいものだ。

「超科学をきる」テレンス・ハインズ:疑似科学は 1)反証が不可能であること(ポパーによる反証可能性)2)検証への消極的態度

 3)立証責任を転嫁する。と、このようにまとめている。カール・ポターは心理学を疑似科学と断定している。…ホントそう思うね。

「奇妙な論理」マーティン・ガードナー:疑似科学を自称する人々は 1)自分を天才だと考えている。2)仲間たちを例外なく無知な

 大馬鹿者と考えている。3)自分は不当にも迫害され差別されていると考えている。4)偉大な科学者や、確立されている理論に攻撃

 の的を絞る(アインシュタインは間違っていた!が多いネ)。5)複雑な専門用語を使って書く傾向がよく見られ、勝手に創った用語

 や表現を駆使している(思想・哲学書に多い….の類いはわざと難解な文章で誤摩化す手合いが多いですね)。

「科学と悪霊を語る」カール・セーガン:知識を得るための道具という点では、科学はとうてい完璧などと言えた代物ではない。ただ、

 人間が手にしている道具のなかでは、いちばん“まし”だというだけのことだ。…科学は人間の進むべき道を教えてはくれないけれど、

 どの道を選べばどうなるかは、はっきりと示してくれる。….でも、火星の人面岩って面白いね。詳しくはまたの機会に。

「なぜ人はニセ科学を信じるのか」マイケル・シャーマー:たとえ客観主義を展開する哲学集団でさえ、カルト集団になってしまうと。

 個人崇拝、指導者の無謬性、秘密計画(ハルマゲドン)、最後には資産を差しだせだ。…声高なイデオロギーも似ているね。

「だます心、だまされる心」安斎 育郎:講演はマジックを実演しながらユーモアと含蓄ある語り口が実に面白い。彼の友人の大槻先生

 はプロ以上に飛ばすドライバーなんて広告に出たりして自らトンデモ化しているけれど…。「世の中にはまだ科学でもわからない事

 がたくさんあり、急がずに調べていけばよい」「科学のなすべき役割と宗教の役割は別、それぞれにそれぞれの持分がある」。と。

クールに生きたいと思うけれど悩むのが人間なんだから。自分で自分を見ている自分を、もう一人の自分が見ている姿勢でしょうか。

子どもの頃から不思議なことが大好きだった。歳が幾につれ合理的に解釈するようになり、消えたかに思ったがますます不思議さは増大

していく。要は「信じるか、信じないか」に集約されるのだが、ぼくは科学信奉者?であるから疑似科学の類いははっきりと言って嫌い

である。唯物論か唯心論とかの立場は別に置いて、人間にはまだ解らないものだからこそ痛く好奇心を刺激するのだ。

●「世界を変える7つの実験」ルパート・シェルドレイク/田中康夫訳 工作舍 シェルドレイクは生化学において博士号を取得した英国

王立協会会員である。彼が誰にでもできる実験として、次のような提案をする。

1. ペットは飼い主が家路についたかを感知する?… 確かに。犬が玄関に出て主人の帰りを待つ。奥さんはそれで主人の帰宅時間が分か

 る。友人の犬なんか帰宅時間はばらばらなのに、いつも犬が迎えに立つと奥さんの証言もある。ぼくの猫も玄関で待っているね。

2. 鳩はどうやって巣に帰る? 3.シロアリはどうやってアーチを作るのか? 4.心は脳の外に拡がるか? 5.誰かに見つめられている感

覚? 6.幻肢はそこに実在する? 7.ゆらぐ科学の客観性神話?7.基礎定数は変化する? 8.実験者の期待は結果を左右する?

●「生命のニューサイエンス」ルパート・シェルドレイク 幾島幸子 訳 竹居光太郎 工作舍

サイエンス誌から焚書ものだと言われた問題の書。形態形成場(モルフォジェネティク・フィールド)仮説。… あらゆるシステムの形態

は過去に存在した同じような形態の影響を受けて、生物の同一種が同じ形態になるのは、形態形成場に時空を超えた共鳴現象が起きるこ

とによる。… 時間的相関関係があるのか? 離れた場所に起こった一方の出来事が、直接的な接触が無くても、他方の出来事に影響す

る。… 空間的相関関係があるのか? これらは「形の場」による「形の共鳴」と呼ばれるプロセスによって起こる。… 確かに水が重力に

よって流れると谷や河ができますね。これは形態形成場における現象なのでしょうか。当たり前と思うまえに考えよ!か。

●「科学は心霊現象をいかにとらえるか」ブライアン・ジョセフソン/茂木 健一郎、竹内 薫  訳 徳間書店

あの超伝導体におけるトンネル効果でノーベル賞を貰った人だ。本のタイトルがオカルトぽいが、原題は The Paranormal and Platonic

World「科学を越えた精神的世界」。量子の非局在性が生命現象や意識状態に関わる可能性、プラトン的世界観・実在論、音楽のクオリ

アに関する論と幅広い。竹内 薫の解説が面白くて分かりやすい。テレパシーにも触れているので疑似科学と誤解を受けそうだが、科学は

仮説の上にあるのだし、科学の間違いは科学が正すのだから研究する価値はあるのだろう。科学的問題を心の問題や道徳と混在さすか

ら、変な論議になるんだね。科学者だって神を信じている人は多いし、神学者だって科学が解明するという立場の人がいるんだから。

トンデモ本はトンデモなく楽しい。最初にオオ!と声を上げたのは、そうあれですよ。フォン・デニケンの「未来の記憶」だった。

半ば信じたくなりましたね。でも考えれば、何も宇宙人を出さなくても、ピラミッドにしろイースター島のモアイにしろ、人間が

作ったのが一番の早道だよね。その作りかけの遺跡や道具もある訳だし。物事はシンプルであるほど正解に近いとは「オッカムの

剃刀」ですね。「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くの実体を仮定するべきでない」と。でもある事柄が、3つの要素

で説明できないのならば、4つ目の要素を加えよ」という格言もある。これも頷ける。

そして、あの五島勉の「ノストラダムスの大予言」だ。これはベストセラーになった。その中でこりゃダメだという写真があった。

ヨーロッパで海岸に打ち上げられた半身半魚という写真。あれルネ・マグリットの絵じゃないの(時代がノンビリしてたのかな)。

1999年もとっくに過ぎたけれど恐怖の大王はどこへいったのか!

中には素敵な本もあるんだよ。NASAの技術者が著した「円盤製造法」、エゼキエルの書を分析し設計したら円盤が出来た。その合

理性と知的お遊び。大好きだ!「第三の眼」ロブサン・ランパ、これは英国人がチベットで超能力の秘法を授かったなんてホラ話の

傑作だ。世界的ベストセラーになった。他にも「バミューダ・トライアングル」「雪男」「ネッシー」と限りもない。でもホラ話は

エンターテインメントとしていいんだ。どこかの占い師や超能力と称する疑似宗教家、先祖の霊を慰めると称して金を巻き上げる輩。

故奴らには嘘という罪がある。眉にツバをべったり塗ってトンデモ本を楽しむ。これでいいんじゃないかな。

そして馬鹿にするんじゃなく真面目に考えて見るのも必要じゃないかな。

「トンデモ科学の見破り方」ロバート・アーリック著 垂水雄二・坂本芳久訳 草思社:「トンデモ説」は沢山あるが、その中には

真剣な学説があるかも知れない。 かってウェゲナーの大陸移動説は「トンデモ説」と思われていたが 現在は定説になっている。

未知の理論が「トンデモ」なのか、 それとも「マトモ」な考えのなのか。その辺をマトモにトンデモ度を考察する本だ。

1「銃を普及すれば犯罪率は低下する。」2「エイズの原因がHIVというのは嘘」3「紫外線は体にいいことの方が多い」4「放射線

も微量なら浴びた方がいい」5「太陽系には遠くにもう一つ太陽がある」6「石油、石炭、天然ガス生物起源ではない」7「未来へも

過去へも時間旅行は可能である」8「光より速い粒子「タキオン」は存在する」6「宇宙のはじまりはビッグバンは間違い」彼は多く

の説や統計で検証し彼なりの判断を下し、トンデモ度で採点している。

「怪しい科学の見抜き方」ロバート・アーリック著 垂水雄二・坂本芳久訳 草思社:1「地球温暖化はいいこと?」2「人間はどん

どんバカになってる?」3「コレステロールは気にする必要はない?」4「ゲイは遺伝か?」5「宇宙に複雑な性はまれか?」6「ニセ

薬で病気は治せるか?」7「念力でモノは動かせるか?」8「インテリジェント・デザイン説は科学か?」

以上の仮説について、賛否両論を詳細に検討し判定する。…….さて、あなたはどう考えますか?

「トンデモ現象99の真相」と学会 著 洋泉社:面白いの何のって!

不思議という気持ちが心に浮かぶことが不思議である。いぶかしい物を知りたいと思う好奇心である。なぜこんなものが人間の心に組み

込まれているのかが不思議である。ご存知だろうか「トリノの聖骸布」いう布を。シンドン、聖ベロニカのベール、マンデリオン、オソ

ニア、スダリュウムなどとも混同されて呼ばれるが、これにはイエス・キリストの遺骸を包み込んだ布であると伝えられ、その風貌、身

体全体の前後が写されているのである。それが不思議なことに描いたのではなく、写真の陰画(ネガ)としてあり絵具や染料のように生

地に染み込んでいないのである。1353年に始めて文献に表れ、これまでおよそ700年にわたり真偽が問われてきた。ある者はキリスト存

在の紛れもないもない証拠であるとし、そして懐疑派は誰かが捏造した偽造物であるとして無視してきた。

….この布の由来を追求すれば表の歴史に現れる以前はどうであったのか。年代記録者ロベル・ドゥ・クラリが1203年に十字軍に関して

書いている。「ブルケルネの聖母という修道院があり、そこには我等の主を包んだ布があった。…その後、その市が陥落した後は布の行

方は誰も知らない」。これが果たして聖骸布だったのだろうか。そしてオット・ドゥ・ラ・ロッシが第四次十字軍(1201〜1204年)に

聖骸布をコンスタンチノーブルから東南フランスのブザンソンに持ち帰り、1353年にシャルニ伯爵・シャンパーニュ貴族のジョフロウが

フランスのリレーの聖堂にこの遺物を贈った。1503年にシャンベリー市で火災に合い、その焼けこげが残っている。そしてサヴォア公が

1578年にトリノに持って来、現在は聖ヨハネ大聖堂に保管されている。これが簡単な聖骸布の沿革である。

事態が一変したのは1898年のことである。その年、セコンド・ピアという人が初めて聖骸布の写真を撮影すると、その写真のネガに驚嘆

する映像が映し出されていたのだ。それはキリストの姿だったのである。聖骸布はポジ・ネガの反転だったのだ。ネガにして初めて実像

として表れたのだ。それも二次元に三次元の映像として。それは聖書の記述にある通りの姿だったのである。手首と足に釘打たれ、肩に

は十字架を担いだ傷があり、背には鞭痕、額には茨の冠から流れた血、右脇腹には槍傷、血は本物である。偽物であれば聖書に基づいて

制作したのだろう。だがどうやってネガで描いたのか。写真術の概念は古くはアリストテレス、中世にはダ・ヴィンチなどが暗い部屋か

らに針穴からの光が倒立画像が写る原理は知っていた。16世紀にカメラ・オブスキュラの原理が作られ、1826年にニエプスが世界初の感

光版で撮影に成功した。それが14世紀にどうして写真が写せたのだろう。

現代の科学を使った最新の調査は1988年に行われた。科学者らは聖骸布の一部分を切り取り、布片を考古学調査などで用いられるC14・

炭素年代測定にかけた。オックスフォード大学、アリゾナ大学、スイス連邦工科大学の3機関においての結果は、この布自体の織布期は

1260年から1390年の間であると推定された。 しかし、これらの調査結果については異論も多い。過去の修復作業時に付け足された部分

をサンプルとした測定ではないか?、布はバクテリアによって生成されたバイオプラスティックで覆われていて、大きな誤差が出たな

ど、検査方法の有効性や信憑性を疑う批判がされている。…..それにしても不思議である。ぼくは科学信奉者だから人工物と思うのだが

割り切れないものが残る。次のトリノ(チューリン)の聖骸布公開は2025年という。その頃の未来技術では果たして…。

●「キリストの遺影」マッケヴォイ/小田部胤明 中央出版社/1948:ぼくが15歳頃、姉が教会から頂いてきた本だと思う。きわめて真面

 目に取り組んでいる。キリストが鞭打たれた鞭は先端に亜鈴のついたフルグラムという鞭だったとか。…..衝撃だった。

●「トリノの聖骸布の謎」リン ピクネット、クライブ プリンス 新井 雅代 訳 白水社:これはレオナルド・ダ・ヴィンチが写真術で

 作ったものだという。それを実験で証明した。….でもねえ、そうとう無理があるよねー。

●「聖骸布の陰謀」ホルガー ケルシュテン, エルマー・R. グルーバー 宇佐 和通 訳 徳間書店:これはローマ・カトリックの陰謀で科学

 調査の結果、キリストが生きていれば復活劇が破綻する。そうすると信仰の根本が変わる。だから布サンプルをすり替えた。陰謀説。

●「最後の奇跡 トリノ聖骸布の謎」イアン・ウィルソン著 木原武一訳 文藝春秋:「聖骸布=マンデリオン」説を主張。確信派。

 このドキュメンタリー・ヴィデオもある。 ….何しろ二千年前のことだ。解らないからミステリーなのだ。その他「イエスのDNA」

「イエスの棺」など、たくさんの本がある(怪しい本も多いがそれも楽しい)。謎は深まるばかりだ。

ガリレオの指は何を指しているのか。「この指の遺物を軽んじてはならない。この右手が天空の軌道を調べ、それまでに見えなかっ

た天体を人々に対して明らかにした。もろいガラスのかけらを作る事で、太古の昔に若き巨人の力を持ってしても出来なかった偉業

を大胆にも初めてしてのけたのだ。巨人たちは天の高みへ登ろうと山々を高く積み上げたものの、空しく終わっていたのである」。

1737年にガリレオの亡骸がフィレンツエのサンタ・クローチェ教会へ移された際切り取られ、現フィレンツエ博物館にある。

「ガリレオの指」― 現代科学を動かす10大理論 ピーター アトキンス 斉藤 隆央 早川書房

現代科学が到達した高みから、人類が築いてきた知識を明快に解説する啓蒙書だ。非常に分かりやすくページを繰るたびに知的感

動を呼び起こす素晴らしい本だ。まずプロローグ「知識の登場」1.進化― 複雑さの出現 2.DNA― 生物学の合理化

3.エネルギー― 収支勘定の通貨 4.エントロピー ― 変化の原動力 5.原子― 物質の還元 6.対称性 ― 美の定量化

7.量子 ― 理解の単純化 8.宇宙論 ― 広がりゆく現実 9.時空 ― 活動の場 10.算術 ― 理性の限界

エピローグ「知識の未来」と、一般人がよく読みすく理解しやすいように噛み砕いた文と図表で、科学の根幹・体系・原理・本質

をセレクトし解説する。そのなかで一番記憶に残ったのがこの言葉だ。「数学が人間の頭の内部で生み出され、それが外部の物理

的世界の記述に最適なように見えるという面だ。内部のものがどうして外部のものに最適になるのだろうか?…….」

そういえば究極の物質を求める「スーパーストリング(超弦)理論」「M・幕(membrane)これは10次元に時間の次元を加えて11

次元、しかし空間の6次元、7次元は小さく丸められている…。美人で物理学のジョディ・フォスターといわれるリサ・ランドールの

(ワープする宇宙)に詳しい」理論なんて抽象的・形而上学的哲学で決して実験で証明できない頭の内部だけの理論だ。好奇心をか

き立ててくれる。

●「人類が知っていることのすべての短い歴史」ビル・ブライソン 楡木浩一訳 日本放送出版協会 ….これも楽しい本だ。

●「科学にはわからないことがある理由」ジョン・D・バロウ 松浦俊輔訳 青土社 ……だけど知りたいんだ。

●「ワープする宇宙」5次元の謎を解く:リサ・ランドール 向山信治 監訳 塩原通緒 訳 NHK出版